2025年11月:米国株式市場は割高!? バークシャー・ハザウェイ社の資本配分から読み解く!

バークシャー・ハザウェイの「行動」が示す市場シグナル

A. 目的の提示:行動は言葉よりも雄弁である

本レポートは、バークシャー・ハザウェイ社(以下、BRK)の公開されたコメントではなく、その具体的な資本配分行動—すなわち、株式の買い越し・売り越し、現金保有高の増減、および自社株買いの実行有無—を分析の主軸に据える。ウォーレン・バフェット氏の投資哲学は「他人(市場)が貪欲な時は恐怖心を抱き、他人が恐怖心を抱いている時は貪欲になれ」という格言に集約される1。したがって、BRKの現在の行動が「貪欲(買い)」と「恐怖(売りまたは待機)」のどちらを示しているかを解読することは、同社が現在の市場をどう評価しているかを推定する上で最も客観的なアプローチである。

B. 30年間の歴史的視点の重要性

BRKの現在の行動評価は、真空状態では行えない。現在の行動(2025年)が持つシグナルとしての意味と強度は、過去30年間の主要な市場転換点—具体的には1999年のドットコム・バブル、2008年の世界金融危機(Global Financial Crisis : 以下GFC)、2020年のCOVID-19危機—における同社の行動と比較・対照することによってのみ、正確に推定することが可能となる。

C. まとめ

分析の結果、BRKの現在の行動(記録的な水準にある現金保有高、12四半期連続の株式純売却、自社株買いの完全停止)は、過去30年間のどの時点と比較しても、極めて強力な「防御」と「忍耐」のシグナルを発している。本レポートの推定結論として、BRKは現在の株式市場を「歴史的にも稀に見る、極めて割高な水準にあり、リスクに見合ったリターンを提供する魅力的な投資機会が皆無に近い状態」と評価している。

2025年のシグナル:3817億ドルの「要塞」の解読

2025年第3四半期のBRKの財務状況は、現在の市場評価を推定するための3つの明確なシグナルを提供している。

A. 1のシグナル:記録的な現金保有高(3817億ドル)

データ: 2025年9月末時点で、BRKの現金、現金同等物、および短期米国債の保有高は、過去最高の3817億ドルに達した 。

分析: この巨額の現金は、単に好調な事業(特に保険事業の利益急増 )の「副産物」ではない。BRKは同四半期中に、Occidental Petroleumの化学事業(OxyChem)に対して97億ドルという近年で最大級の投資を実行した 。それにもかかわらず、現金保有高は前期の3440億ドルからさらに約380億ドル増加している 。これは、BRKの事業が生み出す強力なキャッシュフローが、経営陣が見つけられる魅力的な投資機会の総額を、圧倒的に上回っていることを示している 。

現金の「アクティブな投資」としての側面:

BRKの行動を理解する上で重要なのは、この現金が「待機」しているだけでなく、現在の市場環境において最も合理的な「投資」先となっている点である。

  1. BRKの現金保有高のうち約1920億ドルは、米国短期債(T-bills)で保有されている 。
  2. これらのT-billsの利回りは現在5.4%を超えており 、BRKはリスクを一切取らずに年間約200億ドル近い利息収入を得ている 。
  3. 一方、S&P 500の現在の実績P/Eレシオ(株価収益率)は約27.88倍 であり、その逆数である益利回り(E/P)は約3.59%に過ぎない。より楽観的な予想P/E(約22倍)を用いても、益利回りは約4.5%である。
  4. この比較から導かれる結論は明確である。BRKは、「リスクのある」株式市場への投資(益利回り約4.5%)よりも、「リスクゼロ」の現金(T-bills、利回り5.4%)から高いリターンを得ている。この状況下では、株式投資のリスクプレミアム(リスクを取る対価としての上乗せリターン)はマイナスか、それに近い状態である。したがって、BRKが現金を積み上げるのは、消極的な「待機」であると同時に、現在の市場環境において最も合理的かつ高利回りな「積極的な投資判断」そのものである。

B. 2のシグナル:12四半期連続の株式純売却(売り越し)

データ: BRKは2022年以降、過去12四半期(3年間)にわたり、一貫して株式を買い越すよりも多く売却(売り越し)している 。直近の2025年第3四半期においては、株式購入が64億ドルであったのに対し、売却は124億ドルに上り、差し引き60億ドルの純売却となった 。これは2025年第2四半期の30億ドルの純売却 に続くものである。

分析: これは、バフェット氏の「長期保有」という一般的なイメージとは異なり 、ポートフォリオの「間伐」を積極的に行っていることを示す。彼らは、保有銘柄(例えばApple株のトリミング )でさえ、現在の価格が魅力的すぎると判断し、利益確定を進めている。この3年間にわたる「持続的な防御的マインドセット」 は、BRKが市場の短期的な過熱ではなく、構造的な割高感に対応していることを示唆している。

C. 3のシグナル:自社株買いの完全停止

データ: BRKは、2025年第3四半期を含む過去5四半期連続で、自社株買いを一切行っていない。

行動の原則: バフェット氏が株主への手紙などで明言している自社株買いの原則は、「BRKの株価が、保守的に見積もった本質的価値(Intrinsic Value)を下回っている場合にのみ」実行するというものである 。

最も強力な「割高」シグナル:

この自社株買いの停止は、BRKの市場評価を推定する上で最も強力なシグナルである。

  1. BRKの株価は、2025年5月のバフェット氏のCEO退任発表後、市場が驚きを示したこともあり、ピークから約12%下落している。
  2. 通常、自社株が12%も下落すれば、それは自社株買いの絶好の機会となるはずである。
  3. しかし、BRK経営陣(バフェット氏および後継者のグレッグ・アベル氏)は、この下落した株価でさえ、自社株買いを実行していない。
  4. これは、BRK経営陣が「市場全体が割高である」と判断しているだけでなく、「(米国経済の縮図とも言える)バークシャー・ハザウェイ自身の株価でさえ、もはや割安とは言えない」と評価している強力な証拠である。彼らは、3817億ドルの現金を、割安ではない自社株に戻すよりも、5.4%の利回りを得るT-billsに置いておく方が合理的だと判断している。

現代の市場コンテキスト:バークシャーが「待機」する理由

BRKの「待機」と「売却」という行動は、現在の客観的な市場バリュエーション指標によって完全に裏付けられている。

A. 客観的バリュエーション指標の分析

BRKの行動は、以下の主要なバリュエーション指標が示す「割高」シグナルと一致している。

  • バフェット指標(Buffett Indicator):
    • データ: 市場時価総額をGDPで割った「バフェット指標」は、現在217%から223.8%の範囲にある。
    • 分析: これは歴史的なトレンドラインを約68%(2.2標準偏差)上回っており、「強く割高(Strongly Overvalued)」な領域にあることを示している。バフェット氏自身の名を冠した指標が、彼自身の行動(待機)の正当性を裏付けている。
  • シラーP/Eレシオ(CAPE Ratio):
    • データ: 過去10年間のインフレ調整後平均利益で株価を割ったCAPEレシオは、現在約39.11という歴史的な高水準にある。
    • 分析: この水準は、1929年の大恐慌直前のピーク(約30倍)を優に超え、歴史上唯一の例外である1999年~2000年のドットコム・バブル(約44倍)のピーク時に次ぐ、観測史上2番目の割高水準である。CAPEレシオの歴史的平均(約15~20倍)からは異常に乖離している。
  • P/Eレシオ(標準):
    • データ: S&P 500の予想P/Eは約22倍から22.8倍であり、歴史的平均の約15倍を大幅に上回っている。実績P/Eは27.88倍や31.73倍といった、さらに高い数値も報告されている。

B. 「絶好球」の欠如

BRKの投資哲学は、野球の比喩でいう「絶好球(fat pitches)が来るまで待つ」ことである。現在の状況は、バフェット氏が2024年の年次総会などで指摘してきた「魅力的な投資機会の欠如(dearth of attractive investment opportunities)」が、さらに深刻化した状態を示している。

この点を浮き彫りにするのが、OxyChemへの投資である。

  1. BRKは3817億ドルの現金を保有し、公開株式市場では60億ドルの純売却を行っている。
  2. その一方で、Occidental Petroleumの化学事業(OxyChem)という非公開の「実物資産(real assets)」に対しては97億ドルという巨額の投資を実行した。
  3. この対照的な行動は、BRKが「公開株式市場(ペーパーアセット)」では価値を見出せないが、交渉の余地がある「プライベート市場(実物資産)」では、依然として(BRKの規模に見合う)投資機会を探していることを示している。これは、本レポートが対象とする「(公開)株式市場」に対するBRKの評価が、極めてネガティブであることを補強するものである。

30年間の歴史的ケーススタディ:パターンは繰り返すか

BRKの現在の行動が「例外的」なのか「典型的」なのかを判断するため、過去30年間の3つの主要な市場サイクルにおける行動を比較検証する。

A. ケーススタディ1:ドットコム・バブル(1999-2000年)

  • 市場の状況: CAPEレシオが歴史的最高値(44倍超)を記録。ハイテク株、インターネット株が熱狂的なバブル状態にあった。
  • BRKの行動: バフェット氏はハイテク株を「ポンジ・スキーム(ねずみ講)」のようだと公然と批判し、投資を拒否した。市場の熱狂(S&P 500が+21.0%)に対し、BRKの簿価は+0.5%と、18年ぶりに市場を大幅にアンダーパフォームし、批判を浴びた。この間、BRKは株式購入を控え(1999年の株式購入は36億ドル)、現金保有高を急増させた(1997年の10億ドルから2000年には390億ドルへ)。
  • パターン分析: 現在の状況(2025年)と酷似している。CAPEは歴史的2位であり、市場は「AIブーム」に沸いている。BRKは現金を記録的水準まで積み上げている。現在の行動は、1999年当時の「市場の熱狂に対する理性的(かつ孤独な)な忍耐」の再現である。

B. ケーススタディ2:世界金融危機(GFC)(2007-2009年)

  • 市場の状況: 2007年に市場がピークを迎え、2008年~2009年3月にかけて市場が暴落。CAPEレシオは2008年~2009年にかけて歴史的平均を下回る水準まで低下した。
  • BRKの行動: 危機前(2007年)、BRKは市場の割高感を察知し、現金を443億ドルまで積み上げていた。危機発生時(2008年)、市場がパニックに陥る中、バフェット氏は「貪欲に」なった。ゴールドマン・サックスやGeneral Electricに対し、破格の好条件(高利回り優先株+ワラント)で合計数十億ドル規模の投資を敢行した。この積極的な買い越し(投資)の結果、BRKの現金保有高は2007年末の443億ドルから2008年末には255億ドルへと激減した。
  • パターン分析: 現在の状況(2025年)とは正反対である。GFCは、BRKが「割安」と判断した時に、いかに迅速かつ大規模に現金を投入するかを示す典型例である。現在の現金増加 は、2008年当時とは異なり、市場が全く「割安」ではないことを示している。

C. ケーススタディ3COVID-19危機(2020年)

  • 市場の状況: 2020年2月~3月にかけて市場が歴史的な速さで暴落。しかし、CAPEレシオはGFCの時ほど低下しなかった。
  • BRKの行動: 危機前(2019年)、BRKはすでに市場を割高と判断し、1280億ドルという高水準の現金を保有していた。危機発生時(2020年3月~4月)、市場が暴落したにもかかわらず、BRKはGFCの時のような「貪欲」な買いを行わなかった。それどころか、2020年4月には61億ドルの株式を純売却した。特に航空株をすべて売却した。その結果、BRKの現金保有高は2019年末の1280億ドルから2020年末には1380億ドルへと、さらに増加した。

パターン分析: これは現代のBRKの行動を理解する上で最も重要なケーススタディである。BRKは、短期的な暴落(ディップ)があっても、根本的なバリュエーション(CAPEなど)が割安な水準に戻らなければ、大規模な投資は行わないことを示した。現在のBRKのスタンス(純売却の継続)は、この2020年の「ディップは買わなかった」という判断の延長線上にある。

総括と推定:バークシャー・ハザウェイの現在の市場評価

A. 推定の要約:シグナルの統合

過去30年間の行動パターン、特にドットコム・バブル前夜(1999年)と2020年以降の「ディップを買わない」行動、そして現在の市場バリュエーション指標(CAPE、バフェット指標)を総合的に分析した結果、バークシャー・ハザウェイは現在の株式市場を「歴史的にも稀に見る、極めて割高な水準にある」と評価していると強く推定される。

B. 行動の最終的な意味の再定義

BRKの3つの主要な行動は、この推定評価に基づき、以下のように再定義できる。

  1. 3817億ドルの現金: これは「機会の欠如」の結果であると同時に、「より安全で高利回りな(5.4%超)T-billsへの積極的な資本配分」でもある。
  2. 12四半期連続の純売却: これは「リスクの積極的な回避」であり、割高と判断した保有銘柄の利益確定である。
  3. 自社株買いの停止: これは「自己評価における割安感の欠如」であり、自社株でさえT-billsのリスク調整後リターンを上回らないという、最も厳しい評価シグナルである。

C. 将来の展望:要塞(Fortress)の戦略

BRKの現在の姿勢は、アナリストが「バフェットの現金要塞(Buffett’s Cash Fortress)」と呼ぶものそのものである。彼らは、現在のAIブーム や市場の熱狂には参加せず、バフェット氏が言うところの「愚かなことには参加しない」という原則を貫いている。

BRKは、市場が大幅に調整(暴落)するか、あるいは長期間停滞することによって、バリュエーションが(1999年のドットコム・バブル崩壊後や、2008年のGFCの時のように)再び魅力的な水準に戻るまで、その「要塞」に留まり、忍耐強く「次の絶好球」を待ち続けると推定される。アナリストが指摘するように、BRKが次に大規模に動くのは、2008年のGFCの時のように、市場がパニックに陥り、他者が資金を必要とするときである。現在の行動は、その「次」の危機に備えるための、最大限の準備(キャッシュの蓄積)であると結論付けられる。

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